字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

映画字幕翻訳者の魂の叫びがここにある。文章が書けなくて、やけくそになって筆が進むままに日頃の思いを書いたような内容だ。字幕の苦労について多少は知っていたけど、そんなことも注意しているのかと驚かされた。

(表現の細部に関する誤訳を読んで)「映画自体がつまらない場合は、救いですらある。」
「(笑)」に関しては、先日、お亡くなりになった某大先生を思い出した。亡くなった方を悪く書く必要もないが、正当化する必要もない。
「アラー」は英語のGODに当たる普通名詞であるとは、自分の無知を思い知らされた。

巻末の経歴だと、17歳のカルテシュレック2の翻訳をオレは読んでいることになる。これまで翻訳者を意識したことがないのだけど、他にもお世話になっていると思う。

何も考えずに観る映画だと吹き替えで十分だけど、集中してみる映画だと字幕の方が好きだ。吹き替えだと顔と声のギャップに違和感があって、感情移入しづらい。字幕を読んでも意識をすることがないのが理想であることは、全く同意する。

単純に太田直子さん*1のファンとなってしまったので、これからは翻訳者もチェックしようと思う。

字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ (光文社新書)

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*1:「さん」を付けるなと怒られるかな